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会社東京・品川2026-07-03

変わり続けることが生存戦略——何も決まっていなくてもいい、飛び込んだ先に道はある

変わり続けることが生存戦略——何も決まっていなくてもいい、飛び込んだ先に道はある

ソシオネット株式会社 代表取締役の山下聖さんは、品川区生まれの品川区育ち。2009年にソシオネットを創業以来、約30名のメンバーと共に安定した黒字経営を続けています。

学生時代、高校の先生からは「この成績では困る」と言われていた青年期。それでも、親御さんの後押しで飛び込んだ語学留学をきっかけに、人生を大きく変えていきます。アメリカでコンピューターサイエンスと出会い、現地企業でエンジニアとして7年間勤務。30歳で帰国後、業務委託を経て、32歳でソシオネット株式会社を創業。今では大手企業向けのDX人材支援や、中小・成長企業向けのDXコンサルティングなどを軸に、事業を展開しています。また、地元「品川区」の地域活動にも精力的に取り組んでいます。

「チェンジし続けることが、私の生存戦略なんです」——その言葉の背景にある、これまでの葛藤や経営哲学を伺いました。

この記事のポイント

  • 進路が見えなくても、今ある選択肢に飛び込み続けることで、後から一本のストーリーになる。
  • 大企業に勤め続けることだけが安定ではない。環境を変え続けられる力こそが、本当のリスクヘッジになる。
  • 組織の危機は、マネジメントの見直しを迫る最大の学習機会になる。

ソシオネット株式会社


1. 「この成績では困る」と言われた少年が、留学をきっかけに人生を変える

——まず、山下さんの生まれ育ちについて教えてください。

東京都品川区の北品川で生まれ育ちました。小中学校での成績は中の下くらい。高校は背伸びして都立の進学校に入ったのですが、これが全く自分には合わなかったんです。最初の中間試験で、80点くらいで悪い点数ではなかったのだけれど、担任に「お前こんな点数だと今後困るぞ」と言われて。それで「ああ、学校苦手だな」と思ってしまったんです。そのときの点数が、高校3年間を通じて私の最高得点になりました。それからは半分くらいしか授業を受けず、高校の目の前にあった喫茶店で朝からバイトばかりしていましたね(笑)

——高校を卒業した後は、どうされたのでしょうか?

卒業する直前まで、実は大学進学の準備も何もしていない状態だったんです(笑)。でも、半分やけっぱちで「卒業したら働くか」くらいに思っていたとき、親が「アメリカへ語学留学に、1年間だけ行ってきていいよ」と言ってくれて。自分は5人兄弟の末っ子で、上の兄や姉たちの進学にお金を使ったのにもかかわらず、自分にもそのチャンスをくれた。本当にありがたかったです。

ただ、当時のビザの制度上、現地の大学への編入が前提でした。そこで、「大学に編入するとしたら、何学部に進みますか」と聞かれたときに、よくわからないまま、なぜか「アート」と書いたんですよ(笑)。それからアメリカに渡り、語学学校に通いながらアートのクラスを受けてみるんですが、本格的なアーティストたちに囲まれる環境が結構きつくて。そうこうしているうちに、たまたまコンピューターに出会ったんです。

当時は1995年ごろで、Windows95がちょうど世の中に出た時期でした。もともと物を作ったり分解したりするのが好きな性分もあってか、触っているうちに「おれ、コンピューターできるかも」と思うようになったんです。

ポイント①:「目の前にあるチャンス」に踏み込むことが、人生を変える起点になる

進路が見えなくても、完璧な計画を立てる必要はない。大切なのは「今ある選択肢に、とにかく飛び込んでみること」。後から振り返れば、その一歩が必ず意味を持ちます。環境を変えること自体が、次の扉を開く力になるのです。

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2. 懇願してアメリカに戻り、コンピューターサイエンスに取り組む

1年の留学期間を経て一時帰国する頃には、コンピューターサイエンスを勉強する気満々になっていました。そして帰国後、「アメリカの大学に行かせてください」と親に拝み倒して、アメリカに戻らせてもらったんです。

でも、ただ「興味がある」という理由だけで、アメリカに戻ってコンピューターサイエンスを専攻したわけではありません。当時は就職氷河期で、日本企業への就職が難しい時代です。しかし、エンジニアとして手に職をつければ、英語がネイティブでなくても現地で就職できると考えたんです。大学卒業後は、アメリカの大手通信会社にシステムエンジニアとして就職し、7年間勤めました。

今振り返ると、中学からアメリカの大学の途中くらいまで、本当にフラフラしていたと思います。自分では何も決められなかったし、何がしたいのかもわからなかった。でも、その混沌とした時期にコンピューターサイエンスに出会えたのは、すごくラッキーだったなと思っています。

ポイント②:「好き」と「需要」が重なる場所に、続けられる力が生まれる

山下さんがコンピューターサイエンスを選んだのは、「好きだから」だけではありませんでした。就職氷河期に日本企業への就職が難しい中、「エンジニアとして手に職をつければ、言葉の壁を越えて現地で就職できる」と冷静に読んでいました。自分の興味と時代の需要を掛け合わせて選択すること——それが、長く活躍するための起点になります。


3. 日本でのデビューと独立への道

——アメリカで働いた後、30歳になる手前で帰国されています。帰国してからは、どうされたのでしょうか?

日本に帰ってきて、まずは業務委託で働き始めました。しかし、帰国直後は日本語の文章がまともに書けないレベルで、日本語力は18歳くらいの感覚でした(笑)。加えて、日本独特のハイコンテクストなコミュニケーション、つまり「言わなくてもわかるでしょう」というやり取りが、すごく苦手に感じたんです。

日本では最初、ITコンサルタントとして大手SIerの案件に挑んだんですが、それらを克服する意図もあり、勤務時間もわからなくなるくらい死に物狂いで働きましたね。

——それから、どのような経緯で独立されたのですか?

しばらくその案件で働いたあと、先輩が「独立する」というので、ついていきました。共同経営者として副社長にもなったのですが、自分が営業して現場にも行って、という日々で。そのうちに、「これ、全部一人でできるじゃん」と思うようになったんです。それから2年くらい経った後に、32歳でソシオネットを立ち上げました。

ポイント③:「自分一人でできる」という確信が芽生えたときが独立のサイン

組織の中で働くことは、スキルと信頼を積み上げる重要な時間です。しかし、「この仕事は、自分でもできる」という実感が積み重なってきたとき、それは次のステージへの合図かもしれません。確信が生まれたときに動くこと。山下さんの独立は、その典型でした。


4. アメリカで見たリストラの現場——「チェンジし続けること」を生存戦略にした理由

——ソシオネットを立ち上げるにあたって、経営の軸になった経験や考え方はありますか。

「チェンジし続けること」を一貫して大切にしていて、社是の一つに「Change the Way」を掲げています。これは、アメリカで2回、リストラの局面に立ち会ったときの気づきからきています。私自体はリストラをまぬがれたのですが、周囲にはリストラされた人がたくさんいました。

その中で見たのは、大きく分けて2つのパターン。転職を繰り返してきた人は、リストラを告知されてもショックは比較的小さい。しかし、逆に20年以上同じ会社に勤めたのにリストラされて、怒っている人もいました。その光景を目の当たりにして、「どんなに安定した環境であっても、オールインするのは危険だな」と確信したんです。

Socionet ロゴ「人としくみの関係を変革する」

——その考え方が、ソシオネットの事業にも活きているんですね。

そうですね。今では、「変わり続けること自体がリスクヘッジになる」という考えを持っています。そのおかげで、例えばソシオネットでは、コロナ禍になる前からリモートワークにチャレンジして実用化していたので、大きな被害を受けずに済みました。今では大手企業向けのIT人材調達支援に加えて、中小企業向けのDX支援など、様々な事業にチャレンジしています。変わり続けることを前提に動いているからこそ、いざというときにも対処できると思っています。

——ソシオネットの特徴や、目指している方向性を教えてください。

今もこれからも、「チャレンジャーの集まり」でいたいと考えています。例えば「変革を起こす」などの言葉は、多くのコンサルティング系企業が使っています。でも、ソシオネットで目指しているのは、「エリートを集めて、トップ層向けのコンサルをやる」という方向ではないんです。

普通の人が集まって、みんなでちょっとずつ上を目指していく。そのために必要な仕組みや環境を整えることで、一人ひとりの力を引き出す。みんながチャレンジャーであり続けられる場所をつくることが、自分たちにとっての「Change the Way」だと考えているんです。

——事業をする上で、他に大切にしていることはありますか。

「誠実さ」でしょうか。不誠実なことをし続けると、自分自身の生き方がどんどん傷ついていくと思っているんです。いいことをしたから自分がいい目を見るとか、そういう因果を信じているわけではありません。しかし、悪いことや不誠実なことを続けると、自分の生き様に出てくる。これは経営哲学というより、生き方の話かもしれません。

事業をしていると、シビアに人に離任を申し伝えることもあるかもしれないし、会社が潰れそうになることがあるかもしれない。でも、どんな状況にあっても、誠実に対応していきたいですね。

ポイント④:「変わり続けられること」が、本当の安定になる

大企業に勤めることが安定とは限りません。どんな環境でも自分が変化し続けられる力こそが、本当のリスクヘッジになります。チェンジと誠実さ——この2つは、事業を長く続けるための根幹です。


5. 半年で7人が辞めた——組織崩壊の葛藤と、そこから得た大切なこと

——経営する中で、一番苦労した経験を教えてください。

2019年頃、新規事業の立ち上げのために迎えていたまとめ役のメンバーが、お互いの方向性の違いで辞めることになったんです。そのまとめ役のメンバーは、つてで多くのメンバーをソシオネットに連れてきてくれてもいました。しかしそのタイミングで、30人くらいの会社から、半年で6、7人も立て続けに辞めていったんです。

誰かが「辞める」と言ってくるのは、決まって日曜日の夜なんですよ(笑)。平日は現場で仕事をしているから、土曜日からどう伝えようか考えて、長文のメールが日曜日の夜に届く。それが3ヶ月続きました。「また今週も来るのかな」みたいな感覚で、あのときは本当にきつかったですね。

——辞めていく人たちにはどのように向き合い、会社を立て直していったのでしょうか。

もともと、自分一人で始めた会社です。だから、「最悪1人や2人になっても、ソシオネットはなくならない」と。一旦なるに任せてみようと思ったんです。そんな状況のなかで、ある1人のメンバーが「自分はソシオネットを辞めるつもりはありません」と言って居残ってくれたんです。ソシオネットを選んでくれたことが、泣きそうになるほど嬉しかった。

そこから少しずつ落ち着いていきました。このことがあった翌年にコロナ禍に入ったのですが、結果的に怪我の功名にもなりました。社員30人の状態で案件が止まった場合、30人分の心配をしなければならない。でも、少人数になっていたから、かえって乗り越えられた部分があったんです。

そして気づいたのが、「やめると言っていない人をもっと大切にすべきだった」ということです。誰かがやめると言ったあとに慌てて引き止めようとするのは、実は順番が逆なんですよ。やめると言う前に、ずっといてくれているメンバーへの関わりをもっと深めておくべきだった。その人がいる間に、一緒にどんなことができるかを真面目に考える。それがマネジメントの本質だと、あのときに学びました。

ポイント⑤:「辞める人」を追うより、「残っている人」を大切にすることが、組織を守る

組織が揺らいだとき、慌てて辞めていく人を引き止めようとしてしまいがちです。しかし山下さんが経験から得た学びは逆でした。大切なのは、その人がいる間に一緒に何ができるかを真面目に考え続けること。「辞めると言ったあとに動く」ではなく、「辞めると言う前から関わり続ける」——この順番の転換が、組織を長く健全に保つ起点になります。


6. 品川区への恩返し、そして次の挑戦へ——これから芽を出す人たちへ

——現在は品川区を起点にして、地域活動にも取り組まれているそうですね。

はい、40代に入ったあたりから、生まれ育った品川区での活動を始めました。立正大学でのIT講座や品川区の創業支援施設での講演、若者応援フリースペースへのお手伝い、祭りの神輿担ぎまで幅広く関わっています。フリースペースは、高校時代の自分みたいに進路がわからなくなってしまった若者や、学習障害や引きこもりの子たちが集まれるサードプレイス。その子供たちと一緒に、プロジェクトをやったりしていますね。

山下聖さん(Socionet Tシャツ)

18歳でアメリカに行けたのも、親をはじめいろんな人の助けがあったからです。それからアメリカでITを身につけて、帰国して会社を起業して生計を立てられるようになった。もらってばかりだったところから、何か返さないといけないなと。品川生まれ品川育ちで品川で事業をさせてもらっているのに、何も返さなかったら取ってばかりになってしまう。そういう思いを持っています。

——山下さんの、今後の展望を教えてください。

漠然とですが、60歳になる頃には日本にいない気がしているんですよ(笑)。アフリカや東南アジアなど、どこかで全く新しいことをやっていたい。自分はずっとチャレンジャーでいたいし、場所を変えると強制的にチャレンジャーにならざるを得ません。あと1、2回くらい、人生の中で大きなチェンジをしてもいいかなという気がしています。

——最後に、これから事業を伸ばしていきたい人たちへ、メッセージをお願いします。

自分が何に向いているのか、10代や20代でわかる人はごく少数です。私自身、中学からアメリカの大学に入るくらいまで、ずっとフラフラしていました。でも、その時々で目の前にある選択肢を、やけくそでもいいから掴んでみることが大事だと思います。後から振り返れば、それが一本のストーリーになっている。そして、うまくいかない経験があったときほど、そこから何を学んで何を変えるかが、次のステージを決める。変わり続けることを怖がらずに、「チェンジ」を自分の生存戦略にしてしまえばいいと思います。

ポイント⑥:受け取ったものを還元する循環が、事業の次のフェーズを拓く

事業が軌道に乗り始めたとき、次に問われるのは「何のためにやっているか」です。山下さんが地域活動に力を入れるのも、受け取ってきたものを次の世代に返すためです。「還元の循環」を意識すること——それが、長く続く事業と人生の、新しい推進力になります。

山下聖さん(街角)

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