ニーズはあるが、誰も来ない市場を狙う——「好きなことで稼ぐ」より前に知っておくべきこと

見せられる看板がなかった立ち上げ期。あるのは「この業界だったら、参入が少ないから入り込める」という読みと、泥にまみれて動き続ける意志だけだった。会社員や派遣スタッフで実績を積み上げ、やがて株式会社ヴィンクロスを立ち上げた黒崎英治さんは、今も複数の事業を走らせながら、北海道・都心・鹿児島の3拠点を行き来するFIRE(経済的自立と早期リタイア)生活を送っています。「ゼロイチは得意。でもスケールアップで何度もつまずいた」——そう笑いながら語る言葉の奥には、転んでもデータを拾い、立ち直るたびに解像度を上げてきた経営者の地図があります。
この記事のポイント
- ニーズがあっても競合が少ない市場を見つけることが、ゼロイチ突破の最短ルート。「好き」より「求められている」を先に確かめる。
- 新しい業界に入るとき、いきなり独立するより「看板を借りて実績をつくる」ステップが信頼と収益の両方を生む。
- 仲間や組織が育たない時期の多くは、リーダー側の「説明不足」と「方向転換のスピード感」のすれ違いが原因。自分の意思決定プロセスを言語化することが、次のステージへの鍵になる。
1. 「人が来ない業界」を狙う——ランチェスター戦略が教えてくれた市場の読み方
英治さんが起業を考え始めた頃、すでに世の中では、「好きなことで生きていく」という言葉が横行していました。今でも、動画プラットフォームの台頭によってさらに広く拡散され、「好きなことで稼ぐ」をうたうコンテンツが溢れています。多くの人がそのメッセージに背中を押されて、飛び出していきました。しかし英治さんは、全く逆の発想で事業を広げていきました。
英治さんの主軸事業は、ガソリンスタンド向けの営業代行です。クレジットカード入会促進をはじめとした販促施策を、ガソリンスタンドというニッチな市場に特化して展開しています。なぜガソリンスタンドだったのか。その背景には、ランチェスター戦略の発想があります。弱者が強者に勝つには、戦う場所を絞り込むことが先決。英治さんはその考え方を、理論としてではなく、動きながら体感として身につけていきました。
「好きなことよりも、まずは、『ニーズはあるけれども人が来ていない』場所を探す方が大切で、事業成長のスピードも早いです。当時、求人広告を見てリサーチしていたとき、ガソリンスタンドの求人はずっと出ていたんです。ニーズはあるのに人気がない。そこに入れば、競合がいない状態から始められる、と考えて行動に移しました」
ゼロイチ突破のポイント①
市場を選ぶ時は「好きか嫌いか」ではなく「ニーズはあるか、競合は少ないか」で判断する。飽和した場所より、人が来ていない場所の方が、ゼロイチははるかに楽になる。
2. 事業の途中に起きた、母からの引き継ぎ——「関係値」の重さを知った日
それから順調に事業を成長させていく途中に、思いがけない出来事が起こります。2018年、長年にわたって健康食品の販売事業を営んでいた母の事業を、英治さんが引き継ぐことになったのです。顧客リストを受け取り、一から関係を築き直す日々が始まりました。しかし、顧客の多くは70〜80代。母と長年かけて育ててきた信頼関係は、英治さんにはまだありません。そのため、デジタル化などを提案しても受け入れてもらえず、既存事業との折り合いに苦慮していました。
「母とお客様の間には長年培った人間関係があって、事業以外にも、プライベートの雑談ができていたから成り立っていました。でも私は、商品の知識はあっても、関係性はほぼゼロから始めなければいけません。」
事業とは商品やサービスをただ売ることではなく、人と人がつながり続けることで成り立つ。その現実を、英治さんは母の事業を引き継ぐ中で、改めて体に刻み込みました。
3. 派遣スタッフという「入場券」——看板を借りて、まず実績をつくる
英治さんには、ガソリンスタンド事業に踏み込む前に、正社員として積み上げてきたキャリアがありました。28歳まで営業職として勤め、海外市場の開拓を担当。国内とは異なる商習慣の中でも数字を出し続け、「まず動いて反応を取る」というスタイルをこのころに体に刻みました。
しかし、ガソリン業界は特に保守的です。外部の人間がいきなり「成果報酬型で営業します」と持ち込んでも、まず相手にされません。そこで英治さんが選んだのは、ガソリンスタンドへクレジットカードを勧誘する業務を受け持つ、派遣会社への登録でした。まずスタッフとして現場に入り、数字を出す。実績が積み上がったところで法人契約に切り替え、やがて二次受けとして独立系の仕事を受けるようになっていきました。
「『最初から独立します、営業代行です』、と言っても誰も受け入れてくれません。だからまずは看板を借りて、その中で圧倒的な数字を出す。上場企業相手に実績を3倍に伸ばしたこともありました。名前さえ通れば、次の扉は自然と開きます」
しかし、その一次受けである派遣会社が、残念ながら東日本大震災を機に倒産してしまいます。英治さんにとってこれは大きな打撃でしたが、同時に独立を促す転機にもなりました。それから一次受けとして台頭し、さらに実績を積み重ねていきました。
「取引先がなくなったから独立せざるを得なかった、とも言えます。でも逆に言うと、そこまでに実績と関係値は積み上がっていたから、スムーズに移行できた。準備が勝手に整っていたんです」
ゼロイチ突破のポイント②
新しい業界への参入は「いきなり独立」より「看板を借りる」ルートも有効。実績と信頼を先に積んでから自立することで、リスクを最小化しながら市場に根を張ることができる。
4. 仲間との衝突、「伝え方」の失敗——組織が育たなかったときの理由
順調に事業を拡大し始めた英治さんのもとに、やがて一緒に働く仲間が集まってきました。完全報酬制で仕事を任せ、数字を出してもらう仕組みです。圧倒的な成果は出ました。しかし、そこで仲間に対して、「もっとこうした方がいい」という思いの部分が先行し、ハレーションが起きてしまいます。
「『たとえ今やっている仕事がなくなったとしても、稼げるようにしてあげたい』、と思ったんです。だから事業やマインドについて、もっと学んでほしかった。でも、彼らはそれを求めていなかったんです。」
英治さんが与えようとしたものと、仲間たちが求めていたものの間には、ズレが発生していたのです。時間をかけて話し合うなどの努力を続けましたが、すれ違いの積み重ねでした。
「成長してほしいけれども、当事者は求めていない。思いと求めていることに違いがあることを痛感した、つらいできごとだった」と英治さんは語ります。
「仲間とハレーションが起きた原因として、今振り返ると思いの部分だけではなく、私の動き方にも問題があったと思います。事業をしていると、仮説を立てたらすぐ動く、次の日には違う方向に動いてる、ということが当たり前になります。でも、一緒にいる側からすると、『昨日と言ってることが全然違うじゃないか』と感じます。そこに対して、丁寧に説明しなかった。」
今では、これまでの経験をバネにして、複数の事業提携や仲間とのやり取りを、円滑にリードされています。
継続のポイント①
ゼロイチ後に組織を育てる段階では「自分のスピードと仲間の認識のすり合わせ」が必須。意思決定が変わるたびに、なぜ変えるのかを言語化して共有することが、チームとしての成長の起点になる。
5. 看板を貸した先に待っていた罠——「関係値の見極め」を怠った代償
さらに失敗は続きます。もう一つの失敗は、FIRE後に自社の看板を他者に貸した際に、「看板の貸し借り」の設計が甘く、事業継続が危うくなったこと。看板を貸して、売上の一部を受け取る仕組みを試みましたが、貸した側の熱量と借りた側の認識はやがてずれていきました。
通常であれば、借りた側は責任感のもと、事業成長や少なくとも存続にコミットする、と考えます。しかし、実際は、衰退の一途を辿っていったのです。
「ボールを投げたのに、必要なコントロールをしてなかった。相手が悪いわけじゃなくて、そもそも最初から関係値の見極めができてなかった。やってみないとわからない部分はあるけど、自分にも責任があります。」
その後、自身が再度入って立て直しをする、という苦労も経験されました。
6. 仮説を回し続けた先に——現在の景色と、これから芽を出す人へのメッセージ
今の英治さんは、ガソリンスタンド向け営業代行だけでなく、物販・不動産・旅館業など複数の事業を同時進行させています。すでにFIREを実現し、北海道・都心・鹿児島の3拠点を行き来しながら、働く場所も時間も自分でデザインするライフスタイルを送っています。事業は「稼ぐ必要があるから動かす」のではなく、「やりたいから動かす」フェーズに入っているのです。
「今やってることは全部つながっています。地方には、まださまざまなニーズがあります。かつ、東京みたいに競合は多くありません。そこに対して、信頼関係を築ける事業者として入っていく。これが今、私が考えている事業展開です」
英治さんが一貫して大切にしてきたのは「反応を取ること」です。仮説を立てたら動く、動いたら反応を見る、反応をもとに次の仮説を立てる——このサイクルを高速で回し続けることが、ゼロイチを何度も繰り返せる理由だと言います。
「うまくいかなかった経験を言語化できる人は強いです。失敗した時にダメージを受けて止まるのではなく、なぜ外れたかをしっかりと検証する。それだけで次の意思決定の精度が上がります。失敗は捨てるものじゃなく、大切なデータですから。」
そして最後に、これから新しい挑戦を始めようとしている人たちへ、英治さんはこんな言葉を贈ってくれました。
「『好きなことで生きていく』という言葉は嘘ではないけれど、使い方を間違えると危ないです。好きなことより先に、市場に求められているかを確かめること。最初から完璧な計画は必要ありません。まず手数を出して、反応を取って、やり直す。その繰り返しの中にしか、本当に自分のやるべきことは見えてこない。早く動けば動くほど、うまくいく地図が手に入りますよ」
継続のポイント②
事業を継続させるには「反応を取り続けるサイクル」が土台になる。うまくいかなかった経験こそ最もリアルな経営データ。それらを言語化して次の意思決定に活かす習慣が、ゼロイチを何度でも繰り返せる力になる。